「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

妖剣雨情・其の肆~天保七年六月の潜伏

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 腰物方絡みの刀剣売却疑惑を一気に解決するのに充分な証拠――――――それは売りさばいた刀剣一覧及び売却先の覚え書きだった。その数は十振りにも上り、その他にも小物が数点盗まれていた。瀬田は幾田と共に町奉行の筒井の許に向かい、渡された書付を見せる。

「これは・・・・・・報告に上がっていない品も二、三点あるな」

 与力、同心が集まる中、眉間に皺を寄せながら筒井が呻いた。

「それと売り払った見世は・・・・・・殆どがお上の営業許可を得ていない、もぐりの損料屋だな。だからこそ今まで発見できなかったのか」

 営業許可を与えている質屋や損料屋であれば、盗品らしきものがあれば奉行所に届け出る義務がある。だが許可を取っていない、違法な質屋や損料屋は平然と盗品を扱う。新實達もそれを利用し、もぐりの損料屋、しかも足がつかぬよう数軒に分けで盗品を売り払ったのだろう。

「『上がり太刀』あたりに偽装でもしているんでしょうか?となると拵えもバラバラにされている可能性がありますよね?」

 幾田の問いかけに瀬田も頷く。

「むしろ、葵の御紋を誤魔化すためにバラバラにされていると考えるほうが自然でしょう。拵えは諦め、刀身だけでも取り戻せばいいのではないでしょうか」

 瀬田の至極まっとうな一言に、筒井も苦渋の決断を強いられる。

「そうだな・・・・・・それともぐり相手だと用心棒も並大抵ではないだろう。不本意ではあるが火盗改に援軍を頼もう。それでなくてもこれだけのものを一軒一軒回っていては逃げられたり、証拠を潰されたりする可能性がある」

「承知」

「采配は・・・・・・井岡、お前がやっておいてくれ」

 筒井は最年長の与力に捜索の指揮を任せ、立ち上がった。

「奉行はどちらへ?」

 普通なら奉行自ら率先して采配を振るうはずなのに、と疑問を感じた井岡が筒井に尋ねる。

「俺は直接火盗改に捜索の援助を依頼してくる」

「し、しかし奉行自らとは・・・・・・」

 正直使いっ走り程度の仕事である。そのような事、一番若手の同心にやらせればいいのでは?と瀬田が尋ねるが、筒井は苦笑いを浮かべつつ答えた。

「これは一刻を争う。交渉に時間をかける訳にはいかないんだ。まず先に向島から両国、浅草周辺を捜索しておいてくれ。火盗改には甲州街道近辺の探索をやってもらうつもりだ」

「甲州街道近辺・・・・・・」

 その言葉に全員が息を呑む。その近くで仲間二人が新實に殺されたのである。しかし、その場所は町奉行所では手に負えないと判断した筒井によって火盗改に依頼することになったのだ。
 悔しいがこればかりは仕方がない。唇を噛み締め、与力や同心たちは捕物の打ち合わせを始めた。



 筒井の申し出に火盗改方頭:小野一興は厳しい表情を浮かべた。

「南町を長年任されている筒井さんが俺たちに仕事を依頼するなんて・・・・・・そんなにやばい相手なのかい?」

 普通であれば町奉行所と火盗改は競争相手であり、手を携えての捜索はほぼ皆無である。それを奉行自らが合同捜査を依頼してくるとは――――――小野は身構える。すると筒井はその事情を小野に説明し始めた。

「実はこの件、同心二人を一刀両断に殺した相手が絡んでいる。そいつは最近古石場に潜伏していると思われていたんだが、この投げ入れ文を鑑みると既にそこにはいないと思われる・・・・・・もちろん溝さらいはするけどな。となると、一番逃亡しやすい甲州街道、四谷から新宿あたりが怪しいんじゃないかと。ただ、あそこいらへんは無頼者も多いから、町奉行同心では心許ない」

 つまり、火盗改に危険地域を丸投げするということである。更に筒井は既に下町近辺の捜索は奉行所で始めていると付け加えた。

「・・・・・・ちっ、厄介な仕事ばかり押し付けやがって!」

 一歩間違えば命さえ失いかねない場所の捜索を押し付けられた形の小野は、舌打ちしながら毒づく。

「もし俺たちが新實とやらの首を取っても文句をいうなよ!」

「安心しろ、それは絶対に無い」

 筒井はそう言うと、更に小声で囁いた。

「・・・・・・これは上から来ている将軍家御物紛失事件に絡んでいる。縄張り争いをしているわけにゃいかねぇんだよ」

 筒井のその一言に、小野の顔が青ざめる。

「・・・・・・解った。ってぇ事は勿論御物も取り返して来るんだな?」

「ああ、頼んだ」

 これで全ての見世を押さえることが出来る――――――安心した筒井は、柔らかな笑みを見せて小野の前から立ち去った。



 筒井が小野に仕事を依頼した僅か半刻後――――――。

「火盗改だ!神妙にしろ!」

 鮫ヶ橋に荒っぽい声が響く。泣く子も黙る火盗改が、徒党を組んでやってきたのだ。その姿を見て反射的に殴りかかってくる無頼者もいたが、あっさり返り討ちに遭い、地べたにのされている。

「損料屋加兵衛!新實から盗品を買い取ったことは解っているんだ!神妙にお縄について買い取ったものを出しやがれ!」

 損料屋の主を床に押し付け、膝で押さえつけながら火盗改の一人ががなりたてる。鮫ヶ橋や新宿界隈を根城にしているやくざ者でもここまで荒っぽいことはしないだろう。ぐいぐいと膝で背中を抑えつけられる加兵衛はヒイヒイと泣き喚き、許しを請う。

「お、お役人様、お許しを・・・・・・新實から買い取ったもんは・・・・・・あの赤鞘の上がり太刀に・・・・・・」

 それは本来『刀料』を添えて相手に出す模造刀の筈だった。だがその赤鞘から刀を抜いてみると、出てきたのは曇り一つ無い美しい刀身だった。

「よく鞘の中に入っていたな」

「へ、へぇ・・・・・・その鞘はどんな刀でも入るよう、かなり大きめに作っているものでして・・・・・・いたたっ!]

「そんな悪知恵ばかりつけやがって!おら、とっとと立ち上がりやがれ!取調べだ!」

 その一言に、加兵衛はガタガタと震えだす。火盗改の拷問は並大抵ではなく、下手をすると生きてシャバに戻れないと噂で聞いている。そんなところに連れて行かれては堪らないと、加兵衛は泣きだした。

「い、いいます!ここで全て洗いざらい吐き出しますから、番所へ連れて行くのだけはお許しを・・・・・・!」

 そう言って加兵衛はペラペラと喋り出す。そんな様子を遠目から見ている者がいた。

(火盗改まで出てきやがったか・・・・・・ちょいとやばいね)

 それは夕波だった。鮫ヶ橋に戻ってきてからまだ五日、それなのにここまで捜査の手が伸びてきているのだ。いつにない奉行所や火盗改の素早い動きに、夕波は恐怖を覚える。

(あの人が捕まるのも時間の問題かね)

 まだまだ捕物騒動が続く気配がする中、夕波はその騒ぎに背を向け、自分の局見世へと戻っていった。



 南町奉行所、そして火盗改の助太刀によって盗品の殆どが返ってきた。ずらり、と揃った徳川家所蔵の刀剣と小物数点、しかし残念ながら二本の刀剣は見つけることができなかった。

「正宗と孫六、各一本ずつが見つからなかったか・・・・・・しかし疱瘡正宗が帰ってきてくれたのは良かった」

 筒井が安堵の表情を浮かべる。

「新刀とはいえ西の丸様の疱瘡快癒を祝って贈られたもの、それこそ無くなっては問題だ」

 だがこれらがすべて本物かは甚だ心許ない。筒井と小野はかき集めた刀剣と小物を持って、大目付の許へ向かった。

「任務のほど、ご苦労」

 捜査成果を前に、大目付がねぎらいの言葉を二人にかける。しかし小野と筒井は気になっていることを大目付に告げた。

「恐れながら申し上げます。これはあくまでも下手人の自己申請によるもの、もしかしたら既に偽者が作られ、本物の代わりに掴まされただけかもしれませぬ」

 だが大目付は二人のそんな心配を余所に、笑みさえ浮かべる。

「お前たちの心配は解るが、これの真贋は別個に調べさせる。幸い今年の御様御用は七代目山田浅右衛門を決めるもの、その際に見極めをさせれば良いであろう」

 その瞬間、筒井が声を上げた。

「さ、さすがにそれは荷が重いのでは?」

 奉行所という仕事柄、山田道場の若者の事はよく知っている。それだけにそんな重責を彼らに背負わせることはしたくないという本音が零れてしまった。しかし大目付はそんな筒井の言葉をにべもなく跳ね除ける。

「将軍家御様御用を拝命するのだ。たとえ初めて臨むのであっても失敗が許されぬのは変わりない。むしろそれだけの重責に応えられてこその七代目だと思うが?」

 むしろこの機会を天恵と捉えよ――――――大目付の言葉に、筒井は言葉を失った。



 この捜索を受け、西山、杉嶋が捕縛された。そして徳川将軍家御物盗難という前代未聞の犯罪ゆえ切腹を許されず、武士としては最大の屈辱、斬首刑に処される事となる。



UP DATE 2015.6.24

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新實の投げ込み文によって捜査が一気に進みました。しかも火盗改の援軍付きで(^_^;)
さすがに史実ではこのようなことは無かったはずですが、今回は敢えて史実を無視し、共同捜査をしたということで・・・何せ相手は手負いとはいえ同心二人をあっさり殺している男ですからねぇ。奉行所側としては慎重にならざるを得ないでしょう。一方火盗改側は厄介な仕事を押し付けられたとはいえ、多少の乱暴さは目をつぶってもらえますし、あわよくば手柄を横取りできるチャンスを与えられたわけですから、決して悪い話ではないと(^_^;)

この操作を受けてとうとう西山。杉嶋の小悪党コンビが捕まりました。その詳細は来月、7月8日から始まる『旗本斬首』にてお楽しみくださいませ(*^_^*)
(来週は拍手文の更新です^^少しは涼し気なものというかさわやかなものを書きたいなぁ←ここ最近オリジナルも二次も人間のドロドロした部分を書いていたので^^;)
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