「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

妖剣雨情・其の参~天保七年六月の潜伏

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 昨日の晩、激しく降っていた雨だったが、朝にはかなり弱くなっていた。身体にまとわりつくような霧雨が振る空を 、夕波が仰ぐ。

「これなら一人か二人くらいは客を取れるかね」

 その左手には筵が抱えられ、右手は破れ傘を持っていくか否か迷っている。そんな夕波を見ることもなく、新實が寝床に潜り込んだまま返事をした。

「取れるんじゃねぇか?この雨続きで鬱憤がたまっている奴も少なくねぇだろ」

 さすがに昨日の無理が祟ったのか、なかなか起き上がろうとせず、朝餉もまだ箸をつけていない。だが、そんなことにいちいち構っていられるほど夕波も暇ではなかった。今日は客をとって現金を手に入れた後、味噌屋に出向いて味噌を手に入れなくてはならないのだ。あまり遅くなっては味噌屋が閉まってしまう恐れがある。

「・・・・・・まぁね。じゃあ行ってくるよ。昼飯、夕飯は隣のおクマ婆さんに頼んであるから、ちゃんと食っておくれよ!」

 とにかく働かなくては明日の飯どころか今夜の味噌汁さえままならない。結局傘を持たず、頬かむり筵を抱えら夜鷹姿になった夕波はボロ長屋を後にした。



 雨だから客は取れても一人か二人――――――そう高をくくっていた夕波だったが、思いの外客は多かった。この長雨の中、吉原や深川は勿論、ちょっとした岡場所に行くのさえも難儀するし、そもそも雨だと仕事にならない出職の職人は娼妓を買う金さえ無い。となると手頃な金で抱ける夜鷹に集中するのだ。できれば十人ほど相手にして荒稼ぎしたかったところだが、そんなことをしていては味噌屋が閉まってしまう。未練を残しつつ夕波は五人ほどを相手にし、味噌を片手にボロ長屋に帰ってきた。

「ただいまぁ・・・・・・おや?」

 そこには留守をしている筈の新實の姿が無かった。布団もきちんと部屋の隅に畳まれ、膳も綺麗に片付けられている。

「厠かねぇ」

 しかしそれにしては今まで人がいたような気配が無いのが気にかかる。夕波は夜鷹支度を解きながら新實を待っていたが、なかなか戻ってくる様子はない。そんな中、隣に住む老婆・クマが夕飯の惣菜を持ってやってきた。

「おや、お夕ちゃん。思ったより早かったねぇ。そんなに早く間抜け野郎どもを捕まえて稼ぐことが出来たのかい」

 クマは小鉢に盛った里芋の煮ころがしを夕波に差し出す。年をとって味覚が鈍っているのか、クマの煮付けはかなり味が濃い。真っ黒に煮染められた里芋を苦笑いで見つめつつ、夕波は今日の成果を報告する。

「ああ。この長雨だろ?皆たまっている割には金が無いやつが多いらしくてね。ああ、里芋、ありがとうよ」

 夕波は差し出された里芋の煮染めを受け取りながらクマに尋ねた。

「ところでうちの人、どこほっつき歩いているか知らないかい?」

「さぁ、知らないね」

 そう言いながらクマは萎びた手を夕波に差し出す。聞きたければ銭を寄越せということらしい。夕波はチッ、と忌々しげに舌打ちをしながら四文銭を二枚、その萎びた手に放り投げる。するとクマは相好を崩し、ペラペラと饒舌に語り始めた。

「わっちが昼飯を届けた後の話さ。脇差し一本差したままふらりと出てきてね。どこに行くんだいと尋ねたら、『始末を付けに行く』だとさ。何の始末だかは言わなかったけどね」

 クマの言葉に夕波は微かに眉をひそめる。だが次の瞬間笑顔を向けた。

「ありがとうよ。気紛れな男だからさ。時々あるんだよ」

 新實のことだ、隣に住んでいる老婆に詳しい行き先など告げる事はないだろう。むしろ『始末を付けに行く』と言い残したほうが驚きだ。夕波はクマを体よく追い出すと、新實が畳んでいったと思われる布団に触れる。

「・・・・・・わざわざ畳んでいくことなんて無いのにさ。変なところで几帳面だよね、あいつはさ」

 どんなに身を持ち崩しても『武士』の欠片は新實の身体のどこかに残っていたのだろうか。それとも、証拠を残すことが命取りになる犯罪者の習性なのか。新實は身の回りのことはきちんとしていたし、後を汚すような真似もしなかった。むしろその点に関しては夕波のほうがだらし無いかもしれない。
 そして今日もいつもどおり、自らがいたことを思わせるような痕跡を残さずボロ長屋を出て行ったのである。

「出て行くならそう言ってくれりゃあいいのに。味噌なんか買うんじゃなかったよ」

 新實の潜伏に付き合うので無ければ、何も古石場のボロ長屋に身を寄せる必要もない。さっさと古巣の鮫ヶ橋に帰るだけだ。そうなるといちいち味噌を持って四谷まで帰るのは馬鹿らしい。

「小鉢と一緒に味噌も添えるかね。おクマ婆さんには世話になったし」

 夕波が留守の時、何かと新實の面倒を見てくれたクマへの礼としてはささやかすぎるが、無いよりはマシだろう。真っ黒に煮染められた里芋を口の中に放り込みながら、夕波は溜息を吐いた。



 身体に纏わりつく霧雨が降りしきる中、一人の男が平河町へ向かって歩いていた。右手が不自由なのか、不自然な懐手をしたまま歩き続ける男は抱き柊の紋が描かれた屋敷の前で立ち止まる。この日は雨ということもあり稽古は休みのようだ。人気のない屋敷の前でその男――――――新實は呟いた。

「久しぶりだな、この屋敷も」

 うまく居座っていれば、今頃自分がこの屋敷の主になっていたはずである。しかし今は一門や奉行所、そして幕府御庭番に追われ満身創痍の宿無しだ。かと言って己の中に巣食う血の欲求と狂気を押さえつけることはもう出来ない。

「やはり・・・・・・いつかは決着をつけなぇとな」

 だがそれは今日ではない。このまま屋敷に乗り込んだとしても誰も居ないかもしれないし、逆に若手門弟達が俳句の講義を受けているかもしれない。そして万が一、若手門弟が屋敷の中にいたとしてら、殺せる相手は一人か二人になるだろう。それほど新實の身体は弱っていた。となると、やはり殺す相手も考え無くてはならない。

「やはり・・・・・・真由の娘、か」

 怪我さえなければ陵辱し尽くしたところで殺すことも可能だったろう。何なら母親と同じ殺し方でも面白かったかもしれない。だが、命さえ危ない怪我を負っている今、確実に命を仕留められるとしたら小娘が限度だろう。

「最後の試し切りが妖刀・村正というのも俺らしくていいな」

 御様御用の栄誉よりも、そして極上の女を抱く快楽よりもなお新實を誘惑して止まない生き試しの狂気――――――あの快楽をもう一度味わって死ぬのもいいだろう。だが、それを確実に決めるためにはある程度の調査が必要だ。
 そして自分が関わっているもう一つの仕事――――――旗本と組んでの刀の売買の始末もつけなければならない。というより、自分が野垂れ死ぬ際、西山や杉嶋だけが生き残って美味い汁を吸い続けることに我慢ならないのだ。
 しとしとと振る雨の中、自らの思惑に酔いしれた新實の押し殺した笑い声は、いつまでも響き続けた。



 数日後、古石場のボロ長屋を引き払った夕波は、古巣の鮫ヶ橋に戻っていた。古石場よりも猥雑ではあるが、やはり夕波にはここの水が一番良く合うのだ。

「お兄さん!わっちを買っておくれよぉ!安くしておくからさぁ!」

 声を張り上げ、客引きする姿は以前と変わらない。だが、幾ら若くて活きの良い客を相手にしても、新實との情事のような満足感は得られなかった。

「・・・・・・やっぱりわっちの相手は極悪人じゃないと務まらないのかねぇ」

 だが、如何にもという無頼者の袖を掴んで引きずり込んでも、満足は得られない。むしろ夕波の貪欲さに精魂を絞り尽くされ、命からがら逃げ出すというやくざ者も少なく無かった。

「なんだかんだ言って・・・・・・わっちはあの男に惚れていたのかね」

 客が引けた昼下がり、夕波は自嘲的に笑う。以前もふらりと夕波の許にやってきては、再びどこかに行ってしまった新實だが、何故か『必ず自分の許へ帰ってくる』という確信があった。だが、今回は二度と自分の許へ帰ってこない気がするのだ。それがいい加減な女の勘なのか、それとも新實が漂わせていた気配でそう感じたのか判らない。だが、生きている新實には会えないものだと夕波は覚悟していた。

「そう言えば、猫も自分の死ぬ時が近づくと、飼い主の前から消えるっていうよね」

 あれは吉原に務めている時の話だ。御職が飼っていた老猫がある日突然行方不明になり大騒動になったのだ。結局翌日、置屋の床下で大往生を遂げているのを発見されたのだが、死ぬときに飼い主の前から姿を消す猫の不思議さに暫し持ちきりになったものである。

「ま、あの男も猫みたいにふらりとやってきてはわっちを喰らうだけ喰らって、どこかに消えていったもんね」

 しとしとと降る長雨は野良猫にとっても、手傷を負った下手人にとっても辛いものだろう。できれば自分の許へ帰ってきて欲しいと思いつつ、夕波は客引きを再び始めた。



「畜生!一体いつになったら終わるんだよ、この梅雨空は」

 天を仰ぎながら瀬田がぼやく。こんな雨でも定廻りの仕事は休むわけに行かない。不貞腐れる瀬田を、同僚の幾田が宥める。

「まぁこればかりは仕方ねぇさ。どうせ大した仕事も残ってねぇんだし、奉行に許可をもらって今日は直帰にしてもらいな」

「言われなくてもそうさせてもらうさ。ううっ、泥で裾を汚すとお久奈の奴が文句を言いやがるんだよな」

「おいおい、お久奈って下女だろ?あまり付け上がらせるなよ。女ってもんは甘い顔をするとすぐ付け上がって・・・・・・」

「幾田さんに言われたくはねぇな。未だにてめぇの嫁にデレデレしやがって」

 そんな会話をしていた時である。奉行所の門番が奉行所内に飛び込んできたのである。

「な、投げ込み文です!ですが、これ・・・・・・大変です!」

 泡を食ってなかなかうまく説明できずにいる門番に苛立った瀬田が、門番が差し出した投げ入れ文をひったくる。そして中身を見た瞬間、表情を一変させた。

「なんてこった!こいつは・・・・・・新實からの文だ!おい、これを投げ込んだ男は?」

「いえ、投げ込んだのは頼まれごとをしたガキでして・・・・・・新實本人じゃありませんでした」

「そうか・・・・・・しかし、腰物方絡みの刀剣売却疑惑を一気に解決するには充分な証拠だ!幾田さん、こいつを奉行に見せに行くぞ!」

 瀬田のその言葉に、幾田も強く頷いた。




UP DATE 2015.6.17

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す、スミマセン・・・中途半端なところで終わってしまいましたorz
本当は夕波の客引きシーンで終わりにする予定だったんですが、何となく文章が続いてしまい、新實が勝手に奉行所に投げ込み文までしやがって・・・(更新30分前に突如話が降ってきた(>_<))
てなわけで、今月はコンテスト参加中ということもあり予定を変更してもう一話、『紅柊』を続けます。そして拍手分更新は7月1日に・・・(^_^;)

というわけで次回6/24の『紅柊』は新實の投げ込み文によって腰物方役人、西山と杉嶋が捕縛されるところまで書かせていただきます(^_^;)
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