「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第八章

夏虫~新選組異聞~ 第八章 第十四話・油小路の変・其の貳

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 埃っぽい京の道に一陣の北風が吹き抜ける。袱紗に包まれていた切餅二つ、それを手にしながら小夜はしゃがみこんだまま斉藤の顔を見上げた。

「こ、これは・・・・・・このお金は?」

「取り敢えず五十両、だ。あんたの人生を翻弄した新選組からの慰謝料みたいなもんだが・・・・・・足りないか?」

 斉藤の一言に小夜は慌てて首を横に振る。

「いいえ!慰謝料やなんて・・・・・・そもそもこんな大金、頂けまへん」

 十両盗めば死罪である。これが見つかれば間違いなく打首だろう。真っ青な顔で切餅を返そうとする小夜だったが、斉藤は眉一つ動かさずそれを押し返した。

「気にするな。脱走の理由を作り出すためにたまたま取ってきた金だ。どうせ捨てるような金ならば、一番必要としている人間に渡すべきだろう」

 斉藤は小夜に手を差し伸べ、立ち上がるように促しつつぼそり、と呟く。

「俺達との関わりは悪い夢だった――――――そう思うにはあんたは傷つきすぎているが、そう思ってくれ。どのみちあんたと関係を持った男は・・・・・・二人共そう長くは生きられないだろう。むしろ開き直ったほうが楽だぞ」

 あまりにも非情な斉藤の言葉に、小夜は頷くことさえ出来ず、ただ震えるだけだった。



 おかしい――――――斉藤が高台寺月眞院に戻ってこないことに一番最初に気がついたのは藤堂だった。
 諸用で五日や十日、月眞院を留守にすることは他の隊士でもままある。しかし小夜を見送りに行くのに三日間もかかるわけはないし、別の用事があるとは言ってもすぐに終わるような口ぶりだった。
 だが、小夜との関係について伊東からいい顔をされていないだけに、藤堂はその事を口にすること――――――小夜を斉藤に送ってもらっているという事実を告げることが出来なかったのである。
 そしてそれ以上に問題だったのは、妄執にも似た恋心が藤堂の観察眼を曇らせていた事だった。

(まさか・・・・・・斉藤が俺から小夜を奪った、なんて事はないよね?)

 高台寺党の一員として、まずは斉藤と新選組との内通を疑うべきである。それなのに何故か藤堂は斉藤を恋敵とみなしてしまい、見当違いの嫉妬をしてしまったのである。
 もしこの時、藤堂が恋に盲ていなければ、斉藤の行動の不自然さに気が付き、高台寺党の運命も変わっていたかもしれない。だが、藤堂は己の恋に囚われすぎ判断を誤ってしまったのである。
 そんな事もあり藤堂以外の者達が斉藤の不在に不審感を抱いたのは、更に二日後の十五日のことであった。

「おい、ここに置いてあった五十両はどうした?無くなっているぞ!誰か使ったのか?」

 篠原が保管してあった五十両の紛失にようやく気がついたのである。そしてここにきてようやく斉藤の不在が明るみに出たという体たらくであった。

「誰か、斉藤君がどこに行くか聞かされているものは?用件次第では長い留守ということも考えられるからね。変な疑いは掛けたくない」

 穏やかな口調ながら、鋭さを端々に滲ませている伊東の口調に、藤堂は躊躇しつつ、五日前の出来事を話し始めた。

「あの、清水の方に用事があると言ってました。実はその際、つわりが重かった小夜を実家の方に送り届けてもらって・・・・・・」

 伊東を始めとするその場にいた全員に睨まれ、藤堂の語尾が徐々に弱くなる。

「ほう、自分の妾の世話を斉藤にやらせた、と?笑止!」

「というか、これは体の良い駆け落ちのように思えますけどね」

「逃走資金として切餅二つ、懐に忍ばせる大きさとしては手頃だね。そして暫くの潜伏にも耐えられる」

 伊東や篠原、服部などの冷ややかな言葉に藤堂は更にいたたまれなくなる。その時である。

「兄上、大変です!坂本が・・・・・・坂本龍馬が中岡慎太郎と共に襲撃され、殺されたみたいです!」

 三樹三郎の大声が飛び込んできた。維新派の大物、坂本龍馬の暗殺――――――その一報に全員が腰を浮かせる。

「何と、坂本君と中岡君が・・・・・・」

「犯人は誰か聞いているのか、三木さん!」

「いえ、犯人はまだ判らないそうです。ただ見廻組か新選組じゃないかって噂が・・・・・・未だ情報が錯綜しているんです」

 困惑した弟の声に、伊東は渋い表情のまま頷いた。

「判った。お前は更なる情報収集を。篠原は僕と一緒に土佐藩邸に、服部は三木と共に情報収集に当たってくれ・・・・・・ああ、藤堂くん、君はここで留守をしていてくれ」

 動こうとした藤堂に伊東は釘を刺す。

「女に盲ている君にろくな仕事はできないだろう・・・・・・まぁ、女と駆け落ちした斉藤くんのことは後で考えよう。まったく君といい斉藤くんといい、何故あんな下賎な女に」

  秀麗な眉をひそませ、伊東は藤堂に背を向ける。ここへ来て伊東と藤堂の亀裂は決定的なものになり、運命の歯車は高台寺党滅亡へ向かって更に動き出したのである。



 高台寺党が斎藤一の不在に気がついてから三日後、三浦休太郎のところに身を潜めていた斎藤一が不動堂村屯所に戻ってきた。

「おう、斉藤。かなりうまく逃げおおせてきたようだな」

 挨拶をしに副長室にやってきた斉藤の顔を見て、土方は満足気な笑みを浮かべる。

「あちらさんから金の融通の申し込みがあった。ろくでなしの隊士が、女に貢ぐために五十両を盗んで脱走したんだとよ・・・・・・まったくうまい工作をしてくれるぜ」

 神経質な、細い文字で書かれた伊東からの手紙をぴらぴらと見せる。

「・・・・・・どうやら、藤堂さんが勘違いをしてくれたようですな」

 その文面を見ながら、斉藤はやや意外といった風な表情を浮かべた。五十両を盗んだことと、小夜を一緒に引き連れて行った事は全く別物だったのだが、その関係無い二つを高台寺党は結びつけてしまったらしい。

「お小夜に関しては本当に偶然でした。なかなか藤堂さんの休息所には近づけなかったんですけど、向こうからお小夜のつわりの相談を受けましてね。その際『自分の用事ついでに実家に送り届けてやる』と・・・・・・」

 と、斉藤が言いかけたその時である。

ばん!

 不意に襖が激しい音を立てて開き、そこには鬼の形相の沖田が立ちはだかっていた。



 言いようのない気まずい沈黙を破ったのは、土方のつまらない冗談だった。

「・・・・・・総司。昔から近藤さんに言われているだろうが。襖はもう少し丁寧に開けやがれ」

「・・・・・・この期に及んで面白い冗談を言ってくれますね、土方さん」

 怒りを押し殺した声でそう言うと、沖田は斉藤に近寄り、いきなり乱暴に胸座を掴む。

「小夜がつわりって・・・・・・どういうことですか!」

「どうもこうも、孕まなけりゃつわりは起こらんだろう」

 至って冷静に言い放つと、斉藤は胸座を掴んだ沖田の手を静かに剥ぎとった。

「正月から藤堂さんに囲われていたんだ、ややが出来たっておかしくはない。藤堂さんがあんたのように子供が出来ないように気を使うはずもないだろうし」

「・・・・・・」

 斉藤が悪いわけではないのだが、沖田は無言のまま斉藤を睨みつける。

「腹の中の子をどうするかは向こうの判断だろう。何せあそこの父親は池田屋の際うちの隊士どもの治療を施してくれたほどの腕利きだ。娘の命に関わるような妊娠なら堕ろすだろうし、そうじゃなけりゃ産ませるだろうよ」

 斉藤を庇うように土方も言葉を重ねる。

「ところで斉藤、盗んだ五十両は勿論・・・・・・」

「お小夜に押し付けてきました。こちらにあると何かと都合が悪い金ですしね。沖田さんや藤堂さんが彼女にしてきた迷惑への慰謝料としては決して高くないでしょう」

「ちょっと、斉藤さん!迷惑って!」

「かわたの娘を集落から引きずり出して、囲っていたのを迷惑と言わずに何という?」

 斉藤の静かな、しかし厳しい指摘に沖田は何も言うことが出来ない。だが、怒りに満ちた目の光が衰えない。

「土方さん・・・・・・粛清には私も参加させてください」

 震える声で訴える沖田だが、土方からの返事は意外なものだった。

「悪いが、おめぇは屯所待機だ」

「土方さん!」

 沖田は怒りに任せたまま土方に詰め寄るが、土方は静かに、しかしきっぱりと告げる。

「頭に血が昇った奴がまともな戦いができるか。勝手に血に酔われても迷惑なんだよ」

 土方の一言はあまりにも正論で、沖田は項垂れる。

「・・・・・・おめぇの気持ちは判らなくもない。だが今回ばかりは平助から小夜が逃げたってことだけで諦めろ」

 土方の言葉に、沖田は小さく頷いた。




UP DATE 2015.6.13

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斉藤の脱走劇、面白いくらいにうまくいきましたε-(´∀`*)ホッ
直後にバレなかったのがちょっとおまぬけですが、たぶん交渉事や何やらで2,3日は留守にすることもあったのかも・・・ということにしておいてください(^_^;)
そしてとうとう総司が小夜の妊娠を知ってしまいます。怒りにとらわれる総司が果たして大人しく屯所で留守番をする事ができるのか・・・次回をお待ちくださいませ(*^_^*)ようやく油小路の変本番です(`・ω・´)ゞ
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