「短編小説」
幕末明治つまべに草紙

幕末明治つまべに草紙・其の陸~横浜芸者のヒモ

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 しとしととそぼ降る雨の音に、横浜芸妓のお鉄は目を覚ました。見慣れた天井に味噌汁の匂い――――――どうやら無事自宅に帰ってくることができたようだ。

「おはよう、お鉄。朝飯は・・・・・・というより昼飯だな。少しは食えるかい?」

 宿酔を気遣った柔らかく、低い声がお鉄に語りかける。それは同居人――――――というよりヒモの仙吉だった。たすき掛けに姉さん被りのその姿は、市井のおかみさんそのものだ。

「ん・・・・・・お味噌汁だけ。昨日は客にさんざっぱら飲まされちまってねぇ。あんまり食べたくないんだよ」

 ズキズキと痛むこめかみを押さえながら、お鉄は起き上がる。

「昨日のお座敷は松木屋の旦那だったっけ?あの人はいけないね。娼妓芸妓に無理やり酒を飲ませる。昨日お鉄を迎えに行った時、置屋の女将さんも愚痴をこぼしていたよ」

 どうやら昨日は仙吉が置屋まで迎えに来てくれたようだが、お鉄は全然覚えていない。それだけ客に飲まされてしまったのだ。勧められた酒を断るわけにもいかないと、必死に盃をあおった結果がこれである――――――反省半分、憤り半分のまま、未だ布団の上でうだうだしているお鉄の前に、膳が運ばれてくる。その上には良い匂いを漂わせた豆腐の味噌汁が乗せられていた。



 仙吉がお鉄のもとに転がり込んできたのは三年前、江戸の上野山で戦争が起こった十日後の事だった。横浜の裏路地で初めて出会った仙吉は、ボロに身をやつし小さな足音にも怯えていた。その状況から鑑みると、もしかしたら彰義隊の一員だったのかもしれない。だが仙吉は自分の身の上については一切話そうとせず、お鉄もあえて詮索しようとはしなかった。
 しかしさすがにそんな状態の仙吉を放っておくことも出来ない。お鉄はまるで捨て犬を拾うような感覚で自分の家に仙吉を住まわせたのである。
 それから三年、さすがに只飯食はまずいと思ったのか、仙吉は少しずつ家のことをやるようになって、今では三度の飯や洗濯、果ては縫い物までこなせるようになった。それ故、今ではお鉄は家のことを一切しなくなり、仙吉に任せっきりである。

「あ、そうだ。半襟が汚れていたから取り替えておいたよ」、

「・・・・・・ありがと。でも今日はやすみたいねぇ」

「ダメダメ。今日は大事なお客があるんだろ?その代わり明日がゆっくりできるんだから」

 仙吉は笑いながら火熨斗をかけた長着と半襟を付け直した長襦袢を見せた。芸妓にしか許されぬ真っ白い半襟が目に眩しい。味噌汁を飲み終えたお鉄は、それらを仙吉から受け取る。
 まるで世話女房のような仙吉を、ありがたいとお鉄は思う。芸妓なんて見た目はともかく中身は男みたいなものなのだ。仙吉が転がり込んでからというもの、食事や身の回りのことは豊かになってきたが、唯一心配なのが仙吉本人のこれからである。

「あんたさぁ、いつまでもヒモでいいのかい?そりゃああたしはありがたいけど。あんたにだって男の挟持、ってもんがあるだろ?」

 すると仙吉は笑顔を引っ込め、不意に真顔になる。

「そんなものはとっくの昔に・・・・・・お鉄に逢う前に無くしちゃったよ」

 仙吉は昏い目をして窓の外を見やった。しとしとと降り続く雨は、部屋の中にまで湿気を運んでくる。

「あの日もこんな雨でさぁ・・・・・・どんなに剣術の稽古をしても、大砲の一発にゃ敵わなったんだよね。元々剣術なんて嫌いだったし、俺には今の生活が性に合ってるんだ」

「・・・・・・だったらいいけどさ」

 やはり仙吉は心に大きな傷を負っているのだ――――――ならばそれが癒えるまでそっとしておいてやろうと、味噌汁を飲み終えたお鉄はふらりと立ち上がる。

「でもね・・・・・・そんな呑気な事を言ってたら、ややも押し付けるよ」

「え?もしかして出来たの?産み月は?」

 満面の笑みをこぼす仙吉に、お鉄は苦笑いを浮かべる。どうやらこの様子では襁褓変えどころか乳までやりかねない。

「・・・・・・まだできちゃいないよ。ただ、子供がいたほうが娼妓の姐さん達からの評判は良いんだよね。お春も子供を産んでから仕事が増えたっていうし」

 客を寝取りかねない独身の芸妓より、良人のいる身持ちの固い芸妓のほうが横浜では重宝される。子供がいれば尚更だ。

「ま、できるだけ酒は飲まないようにするからさ。あんたもせいぜい頑張っておくれよ」

 そう言うと、お鉄はするりと寝間着を脱ぎ、仙吉が襟を付け直してくれた長着に袖を通した。



UP DATE 2015.5.27 

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今回の『女を美しくするもの』は芸妓のヒモ・仙吉ですwww
ヒモと言っても炊事洗濯縫い物から全てをこなしますので、むしろ専業主夫と言ったほうがいいかも(^_^;)仕事をする女というのは得てして男性より男っぽかったりしますので、むしろ『嫁』はありがたいですし、自分が家事をしない分、仕事に専念でき、より美しくなるといった次第です(*´艸`*)

なお、仙吉には言えぬ過去、そして心に受けた大きな傷があるようですが、なかなか言い出せないようで・・・大砲云々の話も同棲三年目でようやく口に出すことができました。最もこれはお鉄に類が及ばないように、との配慮かもしれませんが・・・おんぶにだっこのろくでなしとは違い、ちゃんと女性を支えるヒモであれば、何ら問題はないんじゃないかと、とうのたったおばちゃんは確信しております(*^_^*)
次回のつまべに草子は6/24、そろそろ夏らしいものを書きたいな~と目論見中です(*´ω`*)
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