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洒涙雨の宵

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『れーちゃんゴメン、今日残業入っちゃった(>_<)』

 誠也からそんなメールが入ったのは職場から帰宅した後の事だった。それを確認した瞬間玲香は天を仰ぐ。

「そりゃあさ、今夜行く予定だった七夕ナイターはお流れになっちゃったけどさ」

 平塚の七夕祭りに合わせて毎年7月7日に平塚球場で行われるナイターは、年に一度のイベントとあって開催されれば満員御礼必至のプラチナチケットだ。だがその反面梅雨時ということもあり中止になることも少なくない。
 だいたい確率5割程度だろうか。どうやら今年はそのうちの中止になる確率5割の方に当たってしまったらしい。しかし、それを見越して雨用のデートコースも二人で考えていたというのに・・・・・・。

「あの馬鹿、絶対に上司にナイターのこと言っちゃったんだわ」

 七夕ナイターとなれば土地柄残業を言い出す会社はないが、中止となれば話は別だ。もしかしたら『残業』と言いつつも、チケット取れなかった組に巻き込まれて飲み会でも始めているのだろう。

「面白く無いなぁ・・・・・・いっそ一人で七夕祭りに行っちゃおうかなぁ」

 七夕祭りのこの時期は地元の稼ぎ時である。大雨洪水雷警報でも出て、警察が追い立てない限り店を出さないなんてことはないだろう。玲香の友人たちもそんな屋台で働いているはずだ。
高校生にもなるとクラスのうち5、6人は屋台で働くものが出てくる。地元の祭に参加し、それを支えていくという経験をしながら高校生らは大人の世界をかいま見て、地域社会の一員となってゆくのだ。玲香の友人達もその一員で、中には結構な人気店を切り盛りしている者もいる。

「ゆかっちの焼きもろこしも年々腕が上がっているし、けーたの牛串焼きも捨てがたいなぁ」

 しかしこの雨の中、駅まで出かけるどころか窓の外に見えるコンビニにさえ出かけるのは億劫である。玲香はスマホをテーブルに置くと冷蔵庫の中を覗いた。

「う~ん、茄子にアスパラ、ブロッコリーに人参。見事に切れっ端ばかりか。あと・・・・・・ゴーヤに豚こま。この前作ったゴーヤチャンプルーの残りか」

 普段の玲香であればバーニャカウダーに人参ポタージュ、アスパラの豚肉巻きくらいさっさと作ってしまうところだが、誠也の残業で気落ちしている玲香にそんな元気はなかった。

「・・・・・・夏野菜カレーでいいや」

 聞こえはいいが冷蔵庫の残りを全部放り込んだだけの手抜きである。だが、来月で三十路に突入する独身女が自分一人だけの食事にいちいち凝ったものなど作れない。玲香は冷蔵庫から野菜の切れ端を出しつつ準備に取り掛かった。



 細切れ肉に大きめ野菜の男らしい夏野菜カレーが出来上がったのはそれから30分後だった。ご飯が炊きあがるまでの時間の間に軽くシャワーを浴び、玲香は夕飯の支度をする。そして夏野菜カレーと500mlビール缶を手にリビングへと向かった。

「う~ん、これだけじゃお酒足りないなぁ」

 だが、ビールの他に残っているものと言ったら『いいちこ』くらいである。カレーに合わせるのならばスパークリングワインかラッシーサワーあたりが理想だが、こればかりは仕方がない。玲香はビールとカレーをテーブルに置くと、いいちこをとりに冷蔵庫に戻る。酒が入ったら動きたくなくなるからだ。そしていいちこの五合瓶を冷蔵庫から取り出すと、これもカレーの隣に置く。

「いただきま~す!」

 一人寂しく挨拶をすると、玲香は一口カレーを口に入れた。その瞬間、玲香は顔をしかめる

「苦っ!何これ、滅茶苦茶苦いんだけど!」

 それは苦味抜きをせず鍋に放り込んだゴーヤだった。まさかこんなところでカレー最強説が覆されるとは・・・・・・玲香の目から涙が溢れる。

「あ~最低!何でカレーより強い味の野菜があんのよ!」

 誰に聞かせるともなく愚痴を吐き出すと、苦みばしったカレーをビールで流し込む。心なしかビールもいつもより3割増しで苦いような気がした。

「これもみ~んなこの雨が悪いのよ!」

 そう言えば七夕の夕方に降る雨のことを『洒涙雨』と言うんだよ、と言っていたのは誰だったっけ・・・・・・目に涙を滲ませながら玲香はぼんやりと考える。
『洒涙雨』とは牽牛と織女が逢瀬の後に流す惜別の涙が雨になったものとも、逢瀬が叶わなかった悲しみに流す涙の雨だともいわれているらしい。

「となれば、今年の雨は逢えなかった悲しみ、ってところね・・・・・・ていうか、こんな雨だったら織姫だって呑んだくれるしか無いわよ!」

 一生懸命仕事をして、その後のデートを楽しみにしていたのに雨でお流れなんてふざけんじゃ無いわよ・・・・・・ポロポロと涙を流しながら玲香は苦いカレーをビールで流し込み続けた。



「・・・ちゃん、れーちゃん、起きて」

 誰かが自分を呼ぶ声で玲香は目を覚ました。ビールはいつの間にかいいちこに変わり、酒の肴の苦いカレーも食べ尽くした玲香は、いつの間にか一升瓶を枕に寝てしまっていたらしい。

「ほら、れーちゃん。いくら夏場って言っても風邪ひくよ」

 そんな玲香の目の前にいたのは恋人の誠也だった。

「うにゃ?あれ・・・・・・なんで誠也がいるの?」

 合鍵を持っているから部屋に入ることはできるが、飲み会に行って帰りは遅くなるはずだ。もしかしてそんな遅くまで眠りこけてしまったのか――――――玲香は一瞬焦るが、壁に掛けてある時計は9時前を指している。飲み会に行ってきたにしては帰りが早すぎないか・・・・・・怪訝そうな表情を浮かべた玲香に気が付いた誠也はその理由を口にした。

「飲み会を適当に切り上げて帰ってきたんだ。尤も松原さんのところも奥さんに『早く帰って来い!』ってメール貰ってたみたいだけど。松原さん、恐妻家だからなぁ」

 そう言いながら誠也は何かを取り出した。

「本当は今日のデートの後に渡そうと思っていたんだけど・・・・・・今日で俺達付き合って2年目じゃん?そろそろ良い頃かな~って」

 それはダイヤモンドをあしらったエンゲージリングだった。

「誠也・・・・・・」

「今日はお流れになちゃったけどさ、明日は駅の方に出ようよ。雨ももう止んでいるみたいだし、明日は晴れそうだよ」

 そう言われて玲香は窓の外を見る。既に洒涙雨は止んでいて、すっきりと洗い流された夜空には上弦の月も出ていた。

「そうね・・・・・だったらこの指輪、していっていい?」

 左手薬指に指輪をはめながら、玲香は誠也に尋ねる。

「勿論!」

 にっこり笑うその顔を見て玲香は思い出した。

(そうだ、洒涙雨の事を教えてくれたのは誠也だっけ)

 二年前、初めてのデートの日も先ほどのような雨に祟られた。その雨に気落ちしていた玲香を慰める為に誠也がそんな話をしてくれたのだ。

(私達って雨に縁があるのかしらね――――――まるで織姫と彦星みたいに)

 左手の薬指にはめた指輪は、洒涙雨を凝縮したようにキラキラと煌く。それを見つめる玲香の頬にはいつしか笑みが滲み始めていた。




UP DATE 2014.06.28

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こちらは第四回SMD競演出品作品、『雨』をテーマに書かせていただきました。オリジナルでは初めての現代ものとなります。
待ちぼうけを食らわされているヒロインですが、あまり湿っぽくないというかガラが悪いというか・・・三十路直前独身女の侘びしさとかぐうたらさが出ていれば幸いです。
因みに私自身も初デート&初旅行&結婚式と雨に祟られたクチです。山の中で激しい雷雨に見舞われたことを考えれば玲香と誠也の二人なんてまだまだ可愛いもの。結婚したら更なる人生の悪天候も二人で乗り切っていかなければならないのですから・・・。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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