暁光碧烏~gyoko-hekiu~

烏のまかない処UPしました♪抹茶、ほうじ茶のお菓子は馴染み深くなりましたが玄米茶のチョコは初めてでした(@@)美味しかったですよ~(๑´ڡ`๑)

烏のまかない処~其の三百八・セブン・イレブンの玄米茶クランチチョコ 

烏のまかない処


先日『ほうじ茶スイーツが来ている!』的な特集をニュース番組でやっておりました。『え?ほうじ茶って既にスタンダードじゃないの?』と思いつつ、翌日コンビニに行ってみたらこんなものが出てました『玄米茶クランチチョコ』(≧∇≦)/ワタシ的には玄米茶を使ったお菓子は初めてだったので即座に購入、試してみました(๑•̀ㅂ•́)و✧
ひとくち食べてみると玄米茶特有の香ばしさ&ほろ苦さがまず来ましたね(●´ω`●)勿論チョコレートなのでその後に甘さが来るのですが、このほろ苦さは結構好みかも。あと多分玄米で出来ているあられだと思うのですが、チョコの中のパフがサクサクしていて美味でした(*´艸`*)
抹茶やほうじ茶に比べるとお菓子にしづらいであろう玄米茶、開発も大変だったろうなぁ・・・でも他のタイプのお菓子もちょっと食べてみたい。アラレ入り玄米茶アイスとか(*´艸`*)玄米茶シリーズ、期待しておりますヽ(=´▽`=)ノ

次回更新は6/1、そろそろ涼し気なものも取り上げたい気が致します(*^_^*)




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『鹿鳴草楼夢(仮)』準備エッセイ~その4・事件の舞台、港崎遊郭 

烏のおぼえ書き

新連載準備エッセイは今回がラスト。主人公・作間とヒロイン・白萩の出会いの場であり、事件の舞台でもある『港崎遊郭』を取り上げます(*^_^*)

港崎遊郭は横浜開港の際、横浜の街が整備されるのと同時に作られた花街です。作られた曰くに関しては『オランダの商社からの要請だ』とか『ペリー一行が密約させた』とかいう噂がまことしやかに流れておりますが、多分今までの日本の都市計画の慣例に倣っただけではないかと(^_^;)一夫一妻制が宗教上でも厳しく求められている国ではこの手の遊郭事態毛嫌いされますから、多分日本側が特に何も考えずに遊郭を作ったと思われます/(^o^)\

しかしこの遊郭が後に貴重な外貨獲得手段となるんですよね~(^_^;)中には幕府から給金を貰いつつ外国人の側女になった女性も・・・。そういった女性を特に『御用らしゃめん』と呼んでいたそうです。因みに彼女たちの給金は月10両~20両ほど。同時期の職人の月給が2両だったのを考えると破格の稼ぎですよね(@@)しかしそれだけらしゃめんに給料を支払っても外貨や海外からの細かな情報が欲しかったのでしょう(-_-;)
なお町娘からでも『らしゃめん』になることは可能でしたが『岩亀楼にて籍をおいて鑑札付きにならねばならぬ』という厳しい条件があったため、実際は元々本業で娼妓をしていた人ばかりだったようです。
(更に御用らしゃめんともなればスパイ行為もしなければならなかったはず・・・相応に頭の回転が良い女性がなったと思われます。この条件をすべて満たすとなれば確かに10両20両もらってもおかしくないか・・・かなりレアな専門職だよね)

余談ですが拙作ヒロインであります白萩は岩亀楼に籍をおいている遊女ではありますが、らしゃめんではありません。鑑札無しのもぐりならいざ知らず、幕府承認の『御用らしゃめん』は八王子の田舎娘がぽっと出てきてなれるようなものでは無さそう(^_^;)あくまでも彼女は日本人のみ相手にしている遊女です(*^_^*)
なお、建物に関しては連載にて詳細を書かせていただきますのでこちらでは割愛させていただきますね(*´ω`*)

とまぁ、ここまでが幕府が正式に作った遊郭なのですが、時代が下るに連れ『ちゃぶ屋』と呼ばれる非公認の遊び場が登場いたします。豚屋火事の前年、山手の居留地に出きた遊歩道沿いに13軒の外国人専用休息所が幕府の命令で出来ます。しかしここの給仕娘が私娼と化すのはあっという間だったらしく、明治10年頃には警察の取締の追いつかなくなってしまったとか(^_^;)そんな私娼を置くもぐりの店を明治中期以降は『ちゃぶ屋』と呼んでいたそうです。
なお拙作連載ではまだ休息所なので、リメイクではそのへんも詳しく書きたいな~と目論んでおります。


以上4回に渡りまして準備エッセイにお付き合い下さりありがとうございますm(_ _)m
なお新連載は5/31から、そして拍手文はその前―――29日の月曜日か30日の火曜日の夜にUPいたします。流石に新連載は短編とは行かないので暫くは『拍手文 最終月曜日か火曜日』となるかと・・・色々お付き合いさせて申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m
(しかし連載両方共全年齢・・・エロも書きたいんですけどねぇ。もしかしたら『鹿鳴草~』の一部で敵方描写ににエロをぶっ込むかもしれません←カクヨムにもUP予定なのですが、こちらはエロ抜きで。多分ブログ版とカクヨム版で一分内容が違ってくると思われます。ええ、ブログは細かいことを気にせず書きたいのです(>_<))




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烏のおぼえ書き~其の二百・昭和初期の派出婦の給料&労働条件 

烏のおぼえ書き

先週に引き続き派出婦について取り上げさせていただきます(*^_^*)それほどスキルが要らない職業とは言え仕事は仕事、勿論ギャラも発生いたします(๑•̀ㅂ•́)و✧そして同じ派出婦でも行う仕事によってその給料がだいぶ違ったようなのですよ。まずはそちらから列挙していきます。基本的には食事付きの日給です(*´ω`*)

◆保母(両方の漢字に女編が付いておりました^^;):1円50銭~2円まで
◆家事取締婦:1円50銭~2円まで
◆料理婦:1円50銭~2円まで
◆家事婦(家事全般をする人)
一等:1円50銭or1円40銭  二等:1円30銭or1円20銭 三等:1円10銭or1円
◆裁縫婦:1円30銭~1円50銭 プラスで絹物なら1円50銭、木綿物なら1円40銭
◆事務手伝:1円30銭~1円50銭

上記にプラス手数料(一期間)30銭と往復交通費(実費)が付いたようです。当時の女性の給料としては妥当なところではないでしょうか。30日まるっと働いたとしても50円にも満たないですけど(-_-;)←本っ当に女性の給料安すぎるヽ(`Д´#)ノ ムキー!!


そしてお給料とともの重要なのが勤務条件!色々問題が起こっていた業種だけに、真面目な派出婦会がこの点で苦労していたようです( ー`дー´)キリッ

◆勤務時間
住込みと通勤に区別。通勤のものは午前7時から午後8時まで、住込みでも午後10時には休息を与えるようにとの記載がありました。日給ならば少しでも多く働かせようという貧乏根性が、派出婦を酷使したのでしょう(-_-;)派遣業側も『商品』を潰されてはかないませんので後述のように牽制しております。
(現代のブラック企業にも言えることですが部下&使用人の酷使=マネジメント能力の欠如以外の何者でもありません。人を効率よく使い家なり会社なりを運営するにはそれなりの能力が必要なのです(-_-;))

◆地方派遣
何とビックリ別荘や旅行などにも派出婦を同伴することが可能だったとのこと(@@)確かに気心がしれた派出婦さんが付いてきてくれれば、旅行先で何かあった時心強いですからねぇ(*´ω`*)
その際、前日までに派出婦会への通知が義務付けられ、単身男子との同伴はかた~~~~~くお断りさせて頂いたとの事です。そりゃそうだ(^_^;)

◆派遣拒絶
警視庁令に基づいて以下の営業所への派出はお断りとの記載もありました。
旅館 料理店 貸座敷 引手茶屋 待合 貸席 芸妓屋 遊技場 紹介業 下宿業等
その他料金不払い、酷使、勧誘等の行為があった雇い主に対しても派遣は拒絶したとのことです。トラブルは極力さけたいですし変な印象がついちゃうとまともな派出婦さんも集まってきてくれなくなりますしねぇ(-_-;)いかがわしい場所への派遣はお断りしていたようです。

◆男子のみのご家庭へのお願い
『李下に冠瓜田に靴の喩えもあるので、女性が留守で男性のみしか家に居ない場合、又は男子のみの家庭には40歳以上の派出婦を寄越すのでご了承ください』との但し書き/(^o^)\当時は40歳を過ぎていれば大丈夫だったのでしょうか(-_-;)相手が熟女好みだったらむしろ危険だと思うのですが・・・若い子よりは問題になりにくいってことなのかもしれない(おいっ)


なお、上記の派出婦会はかなり真面目な部類の会社だった模様です。別の会社には『給仕婦』の派遣も行っているところもあったとか・・・。こちらは容姿端麗、高卒以上の教養を持っている女性で『家庭の宴会等にご利用ください』との宣伝文があったそうです。しかし宴会って・・・これって絶対コンパニオン的な何かだろう(-_-;)芸妓じゃ高く付くけど(2~3時間で3円くらい)派出婦だったら料理の手伝いや給仕をさせても半額で済むだろうし。
同じ『派出婦』とは言えその種類は多岐にわたるようです。その中でも『最高級』と言われていたのが文筆婦人とのこと。次回は文筆婦人について取り上げさせていただきます(*^_^*)


【創作関連】
派出婦のどのジャンルも気になるところですが、個人的には裁縫婦に惹かれるものがあります(*^_^*)他の業種は現在でも残っているものが多いですが、裁縫専門のお手伝いさんて今はいないじゃないですか(人´∀`).☆.。.:*・゚
家族のイベントごとのために着物を縫うのもよし、思い出がたっぷり詰まったお婆ちゃんの一張羅をリメイクするなんて話もほっこりしそうですし(*´ω`*)そもそもお針子さん専門職を派出婦として雇い入れるという家庭がどういうものなのか想像がまず付かなくて(^_^;)その辺から妄想していきたいものです(*^_^*)



【参考・引用文献】
新板 大東京案内 下(今和次郎 編纂 ちくま学芸文庫)


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拍手お返事&ボクシングも採点競技なのね(´・ω・`) 

拍手お返事&おまけ

先日土曜日行われていたボクシングミドル級王座決定戦、日本人にとって何とも言い難い結果になってしまいましたね(´・ω・`)
普段あまりボクシングを見ない私ですが、さすがにオリンピック金メダリストの村田選手が出場していたので『ちょっくら見てみるか』と第一ラウンドからTV観戦していたのです。
確かにチャンピオンのエンダム選手のほうが手数は多かったですが、何度もダウンを取られておりました。対して村田選手は手数こそ少なかったものの、ダウンなどの決定打はエンダム選手より間違いなく多かった・・・(-_-;)
素人目から見ると、『決定打が多い方=勝者』という感覚なのですが、どうやらこの試合においての採点方法は『手数が多い方=勝者』だったようです。あと防衛側のほうが今まで実績も加算されて有利というのもあるのかも・・・ていうか、まるでこの判定方法、フギュアスケートや体操競技みたいな『採点競技』そのものじゃないですか(^_^;)
私の中のボクシングのイメージは正に『あしたのジョー』。リングに相手を沈めたほうが勝ちっ!という単純明快なものを抱いていたのですが、現代のボクシングはフィギュアスケートや体操競技と同列に考えたほうが良いのかもしれない・・・だったら採点基準をわかり易く統一してほしいなぁ(´・ω・`)手数=何点、ダウン=何点、クリンチ=マイナス何点とか・・・ダウンやクリンチ、KOは見た目で判るし、手数はグローブにICチップを入れるとかコンピュータ解析をするとか何らかの方法が取れるはず。
せめて世界王者決定戦はもう少し判りやすい採点基準でやってほしいなぁ・・・と素人観戦者は思ってしまいました(^_^;)

拍手コメントありがとうございますヽ(=´▽`=)ノお返事以下に書かせていただきますね~(^.^)/~~~




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鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~さかた海鮮市場、恐るべし3 

鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅

私は生牡蠣を食べる事をあまりしない。実のところ今回を含め3,4回しか生牡蠣を食べたことが無いので他の種類の牡蠣との比較はできないのだが、間違いなく美味しい部類に入るだろう―――そう確信できるほど、酒田の岩牡蠣は新鮮で美味だった。
磯の香りと牡蠣特有の旨味が口の中に広がってゆく。味は私が言うまでもなく申し分ないものだが、唯一の欠点は一口で一度に食べるには少々大き過ぎるくらいだろうか。できればナイフで半分くらいにして食べたかったが、この口に頬張るくらいの大きさが岩牡蠣の良さなのだろう。

「・・・美味しいね、岩牡蠣」

大きな牡蠣をようやく飲み込んだ私は旦那に告げる。一個でもかなりのボリューム感があり十分満足できた。しかし牡蠣好きの旦那は一個だけでは物足りないらしく再びじ~っと売り場の方を見つめだした。胃腸が弱いくせにナマモノ好き―――本当に厄介である。

「岩牡蠣はもうおしまい!さっきお刺身も食べたんだから、もう食べるのはいいでしょ?」

放っておいたらもう一つ購入しかねない。私は旦那の袖を引っ張り自転車置き場へと向かう。ただでさえ時間は限られている。最低でも相馬樓くらいは見学しなければ帰るに帰れない。
名残惜しそうに牡蠣売り場を振り返る旦那をせっつきながら私達は自転車置き場へと戻る。そしてレンタル自転車の集団の中から自分達が借りた自転車を探し出し、自転車置き場から引っ張り出した。

「じゃあ次は相馬樓だからね!時間がないからさっさと行くよ!」

もう充分すぎるほど食べたのだから、この場所を後にすべきだろう。でないと、それこそお腹を壊すまで食べかねない。私は自転車に跨りながら旦那を促す。そんな私の態度を見た諦めたのか、旦那は渋々自転車に乗った。これでやっと相馬樓へ行くことができる。
まだまだ強い日差しの昼下がり、私達は自転車でもと来た道を引き返す。幸い行き掛けに相馬樓の場所は確認してあるので迷子にはならないだろう。そんな思惑と共に自転車をこいでいると、程なくして次の目的地・相馬樓に到着した。



(5/15~5/21 twitterにて掲載)

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夏虫~新選組異聞~ 第十一章第十七話 宮古湾沖海戦・其の壹 

夏虫・第十一章

 年が明けた函館新政府だが、そのきしみは徐々に大きくなっていった。その最たるものは資金である。元々徳川幕府が発行していた貨幣の他に、函館新政府によって鋳造された新貨幣を流通させようとしたのである。勿論函館の町人は拒否反応を示し、それに対応するため箱館奉行の永井と新選組の相馬が対応に追われるという事態が発生した。

「新入り達が花街で新貨幣を使おうとしたら拒絶されたとのことです」

 騒動の処理を終えて帰ってきた相馬が、疲れ切った表情で土方に報告する。

「・・・・・・商人の気持ちも判らないではないんですけどね」

「相馬、お前がそれを言うな。俺達だって内心そう思っているんだから」

 苦虫を噛み潰したような表情で唸る土方の一言に、周囲から苦笑が漏れる。

「初期の新選組のときとは規模が違いますからね。これだけの組織を維持していくには上納金の教養や関門の通行税だけじゃどうしようもないですよ」

 懐かしそうな響きをにじませた島田の言葉に沖田も頷く。

「そうそう。芹沢さんが近藤先生や土方さんを引き連れて商家を脅していましたよねぇ」

 物騒すぎる沖田の言葉に、当時を知らない隊士らはぎょっとした表情を浮かべるが、古参隊士達はむしろ懐かしげに頷き、口の端に笑みさえも浮かべた。

「ああ。あの人は嫌な仕事を自ら引き受けていたからな。それにあの頃の俺達はかなり頼りなかったと思う・・・・・・少なくとも今の自分から見たらよくあれでやっていけたと感心するぜ」

 土方もぬるくなった茶をすすりながら遠い目をする。

「新選組も何度も組織解体の危機に瀕しながらも何とかここまで生き残ってきた。しかしそれは小さな組織ゆえの身軽さがあったからだ――――――ここに着いた当初で千五百人、穏やかな日に海を渡ってやってくる幕軍参加の兵士を加えて今や二千人近くになている。この大所帯が持ちこたえられずに崩壊するか、それとも敵との戦いに敗れるか――――――どっちが先か、ってところだな」

 縁起でもない不吉な言葉だが、それを否定しようとする新選組隊士は誰一人居なかった。



 そんな不吉な気配を含んだ函館に桜の花が咲く頃、その一報は舞い込んできた。



「仙台の諜報からの連絡が入った」

 緊急招集の幹部会議の席で、榎本が開口一番こう切り出した。

「官軍艦隊――――――甲鉄、春日、丁卯、陽春の軍艦四隻および徳島藩の戊辰丸、久留米藩の晨風丸および飛龍丸、豊安丸の軍用輸送船四隻が宮古湾に入港すとのことだ。この機会に奇襲をかけ、あわよくば軍艦の一、二隻を奪還しようと思う」

 軍艦の奪還――――――物騒すぎるその言葉に場がざわつく。

「榎本くん。僕は門外漢だからよく判らないのだけど・・・・・・そんな僕から見ても敵の軍艦を奪還するなんて難しいと思う。流石に双方無傷でとは行かないまでも、そんなことが可能なのかい?」

 大鳥が敢えて『陸軍奉行』として、その場に居た者達の疑問を代表して口にする。敵軍艦が全部で八隻もあるのに対し、幕府軍に残された軍艦は回天、幡龍、高尾の三隻しかない。それなのに戦いに勝つどころか敵軍艦を奪い取ろうというのは無謀なのではないか――――――そんな疑問に榎本は応えた。

「その計画に関しては既に海軍士官候補生ニコールの発案で荒井と甲賀が作戦の立案をしてくれた――――――敵の旗艦・甲鉄の奪還だ」

 力強い榎本の一言に、全員が息を呑む。

「その計画の中身を俺とブリュネで精査し、承認した。第一の目的は甲鉄、あわよくば他の軍艦や輸送船も欲しいところだが、あまり欲張りすぎて失敗したら元も子もない」

 冗談めかした口調だが、その目は笑っていなかった。

「詳細な計画についてはは海軍奉行・荒井郁之助から説明してもらう。荒井、前へ!」

「はっ!」

 榎本の呼びかけに応えた荒井は前に進み出て、懐から何やら書付を取り出した。どうやらそれが計画書らしい。

「来る三月二十三日、我が幕府軍は敵軍旗艦・甲鉄へのアボルダージュによってこれを奪取する」

「あぼる、だぁじゅ?」

 初めて聞く、不思議な響きの言葉に土方を始め陸軍幹部たちは怪訝そうな表情を浮かべる。

「日本語に訳せば『接舷攻撃』というところだな。昔の海賊がよくやっていた方法だ」

 榎本自ら『アボルダージュ』という言葉について陸軍幹部に説明する。

「なるほど、聞きなれねぇ言葉だが、要は船の略奪だもんな。やる事ぁ海賊と大して変わらねぇか」

 ガラの悪い土方の一言に、荒井がコホン、と咳払いをする。

「土方殿、他人事のように捉えられているようですが、この作戦には切り込み部隊として陸軍にも協力してもらいますからな」

荒井は不機嫌そうに口をへの字に曲げつつ、更に説明を続けていく。

「各軍艦への乗船は以下のように振り分ける。各幹部は配下に即時伝えるように」

 と、次々に割り当てを述べていった。


旗艦・回天
海軍 : 海軍奉行・荒井郁之助、艦長・甲賀源吾、以下二百余名、元仏海軍・ニコール
陸軍 : 陸軍奉行並・土方歳三、添役・相馬主計、同介・野村利三郎、彰義隊十名、神木隊三十六名

蟠竜
海軍 : 艦長・松岡磐吉、以下百余名、元仏海軍・クラトー
陸軍 : 新選組十名、彰義隊十名、遊撃隊十二名

高雄(第二回天)
海軍 : 艦長・古川節蔵、以下七十名、元仏海軍・コラッシュ
陸軍 : 神木隊二十五名


「なお、甲鉄への接舷は蟠竜と高雄の小型艦二隻で実行、大型の外輪船で接舷が難しい回天はその援護にあたる予定である。回天、蟠竜、高雄の三艦は外国旗を掲げて宮古湾に突入し、攻撃開始と同時に日章旗に改めて甲鉄に接舷、陸兵が斬り込んで舵と機関を占拠する」

「流石に榎本くんが『海賊』と喩えるだけあるね。陸軍からすると騙し討のように思えるのだが」

 大鳥の言葉に荒井は更に厳しい表情を浮かべたが、榎本はカラカラと笑い大鳥に説明する。

「確かに!でも第三国の旗を掲げて近づき、攻撃直前に自国の旗を掲げる方法は万国公法で認められているんだ。安心して陸軍は海賊になりきって欲しい」

「とんでもない総督だね。でも雪に埋もれて陸軍の兵士も鬱憤が溜まっている頃だろう。特に荒っぽい、海賊に転職してもやっていけそうな輩を選んで乗船させるよ」

 冗談めかした大鳥の言葉に、その場は笑いに包まれた。



 旗艦・開陽を江差で失った幕府軍は海軍戦力で劣勢に立たされている。その劣勢を逆転する一か八かの作戦――――――宮古湾海戦の計画はかくして成立した。
 幕府軍が第一に狙う『甲鉄』は当時日本唯一の装甲艦である。元々甲鉄はフランスで建造されたアメリカ連合国海軍のストーンウォール号という名の軍艦であった。それを江戸幕府がアメリカから購入したのだが、戊辰戦争が勃発してしまったため幕府軍は引き取ることができず、官軍の手に渡ってしまったという経歴を持つ。
 そんな『甲鉄』さえ入手できれば対外交渉においても有利に働く――――――江戸脱走以前から甲鉄の引渡しについてアメリカと交渉をしていた榎本はそう考えていたのだ。その機会が巡ってきたとあっては手をこまねいているはずもない。準備は着々と進み、三月二十一日未明、出港の準備は整った。
 そして土方およびその添役の相馬主計と野村利三郎、選抜された新選組隊士十名がそれぞれ割り当てられた船に乗り込んでゆく。

「じゃあ、総司。万が一俺が帰ってこなかったら、新選組を頼んだぞ」

 船に乗り込む際、土方は見送りに出向いていた沖田に告げる。

「承知しました――――――が、命を散らすなら陸の方が良いと思いますよ。土方さんじゃ海の上では足手まといになるだけでしょうから」

「言ってくれるぜ。帰ってきたら嫌ってほど俺の武勇伝を聞かせてやるから耳掃除をして待っていやがれ!」

 土方は捨て台詞を残し、回天へと乗り込んでいく。そして多くの兵士が見送る中、三隻の軍艦は静かに函館港を出港し宮古湾へと向かっていった。



UP DATE 2017.5.20

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烏のがらくた箱~その三百七十四・や~っとミュシャ展行ってきました(≧∇≦)/ 

烏のがらくた箱

来月6日に閉会を迎えるミュシャ展にようやく行くことが出来ました(#^.^#)と言うか、流石にGW後、閉会直前のほんの少し前であれば空いているだろうという目論見だったのですが・・・考えが甘かったです/(^o^)\
友達には『前売り券を購入してから行ったほうが良い』とのアドバイスをもらったのですが、オンラインでチケットに必要なクレカを(私個人が)持っておらず、更に他のチケット購入方法もイマイチよく判らなかったので断念。最悪並ぶのも致し方ないとあきらめモードで行ったのですが、何と直通路がある乃木坂駅で臨時チケット売り場が開設されていたのですヽ(=´▽`=)ノしかもミュシャ展だけでなく草間彌生展のチケット売り場まで開設されているという・・・こりゃ向こうに行ったら確実に混むな、ということでチケットはこちらにて購入。案の定新国立美術館のチケット売り場は信じられないほどの長蛇の列となっておりましたが、駅のチケット売り場のおかげですんなり美術館の中に入ることは出来ました(∩´∀`)∩ワーイ
dsc_myusya00.jpg
しかし中にはいってからがこれまた大変で(>_<)ミュシャ展は2階で開催されていたのですが、その会場手前に長蛇の列が(@@)チケットのモギリで待たされるのですよ(^_^;)これがおよそ20分・・・因みに私が出向いたのは水曜日の午前中です。決して混んでいるような時間帯では無いと思うのですが、平日に時間がある人間が集中してしまったのでしょうか・・・orzそれとも閉まる直前に行ったほうが空いているのか・・・でもそうなるとゆっくり見れないし、悩むところです。
そんな長蛇の列を乗り越えてようやく見ることが出きたミュシャの作品の数々はやはり素晴らしいものがありました(≧∇≦)/
まずはこの展示の最大のウリである『スラヴ叙事詩』(人´∀`).☆.。.:*・ミュシャの代名詞である『アール・ヌーヴォー』様式とは違う、写実的な描写で描かれた合計20枚の超大作は迫力そのものでした(*´艸`*)そして一枚一枚に描かれたスラヴの宗教的、文化的な事件の数々の取り上げ方がまた秀逸なんですよ(@@)多民族からの襲撃に耐えるもの、聖書やその他書物が自分達の言葉で書かれた喜び、宗教改革の嵐や19世紀の民族主義運動まで―――大きいとは、言えたった20枚の絵画でスラブ民族の歴史と誇りをコンパクトにまとめ上げた、文字通りの『代表作』です(≧∇≦)
(一応写真掲載。無駄にデカイのでサムネで失礼しますm(_ _)m)
dsc_0141.jpgmyusya01.jpegmyusya02.jpeg
なおサムネイルの作品達は写真撮影可能スペースで撮らせていただいたもの。それが判らない方が多かったのか、違う場所でも写真撮影をしている方を多く見かけました。もしこれから行かれて写真撮影をする際はご注意くださいませm(_ _)m

本当に素晴らしい作品たちだったのですが、唯一残念だったのがこの大きな作品を見るためのスペースが小さすぎる( ;∀;)新国立美術館さんも一生懸命頑張ってくれた、努力の跡は痛いほど判るのですが何せ作品が大きすぎるのです(>_<)
元々は専用の美術館も作る予定だったとのことですが、それは叶わず今はプラハのヴェレトゥルジュニー宮殿にあるとのこと。もしかしたらそこでも狭いんじゃないかなぁ(´・ω・`)遠くから全体像も見たいし、大きな絵であるにも関わらず細部にもこだわるミュシャの筆使いは近くに行かないと判らないし・・・感覚的に近いのはpixivの『クリック推奨』作品ですかね(^_^;)欲張りは百も承知で、全体像も細部もじっくり見たくなる作品たちでした((o(´∀`)o))
(たぶんビックサイトとかドーム球場がちょうどいいかと思われる・・・)

勿論展示されているのは『スラヴ叙事詩』だけではありません(๑•̀ㅂ•́)و✧アール・ヌーヴォースタイルで描かれたポスターや絵画、出版物などなども多数ありました(#^.^#)人気があったのは現在でもよく見かける『四つの花』シリーズや『四芸術』シリーズのたおやかな女性たちですね(*^_^*)こちらは展示場所が小さい上に『知っている作品』ということで皆が集中していたのでほぼスルー状態で出てきてしまいました(^_^;)その代わり『世紀末の祝祭』と題されたパリ万国博覧会関連の挿絵・下絵やプラハ市民美術館に納められているイケメンシリーズ、そして『独立のための戦い』と題された部屋の作品群はガッツリ見てきました(๑•̀ㅂ•́)و✧
女性に関しては『四つの花』『四芸術』シリーズの女性よりは『ヒヤシンス姫』に代表されるような、射抜くような眼力のスラヴ美女を描いた作品が好みですね(*´艸`*)19世紀のたおやかな女性より20世紀の戦う強い女性の方がイキイキ描かれているような気がします。そしてその女性たちより魅力的な『漢』達(≧∇≦)/あえて『漢(おとこ)』と書かせてもらいたいほど強くたくましいイケメン揃いでした((o(´∀`)o))ジャニーズ系というよりはRPG系ですかね。ゲームキャラに出てきたら絶対に敵をワンパンでやっつけそうな漢たちばかりでしたよ(人´∀`).☆.。.:*・゚もしかしたらそんな力強い男たちに、スラヴの独立の気持ちを託していたのかもしれません(●´ω`●)
残り会期2週間のミュシャ展、混雑は覚悟の上一度は見ておいたほうが良いですよ~(#^.^#)


今週もご来訪&拍手、ランキングへのご協力、誠にありがとうございますm(_ _)m
今週は眞子さまのご婚約内々定という話題で持ちきりでしたね(●´ω`●)お相手の方が地元のミスターコンテストにて『王子様』に選ばれた事があるとのことでしたが、ど~もあのコンテストは見た目よりトーク力や対応力などの脳みその瞬発力が求められている気が(^_^;)(地方のミス&ミスターコンテストなんてそんなもの/(^o^)\)
地元のコンテスト出身者から皇族と結婚される方が出るというのは不思議な感じが致しますが、ぜひとも幸せになっていただきたいものです(*´艸`*)




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烏のまかない処~其の三百七・しまなみドルチェのジェラート 

烏のまかない処


アイス好きではあるけれど、何でも良いわけじゃない―――そんな七面倒臭い旦那を持っていると、好みのアイスを探すのもひと苦労です(-_-;)因みに旦那が好きなのは果物系シャーベット&ホロ苦チョコレート&抹茶・・・不景気&デフレだと材料の入手がし易いのかこれらのアイスが出回ってくれるのですが、景気が良くなると原料の価格高騰ゆえご近所では手に入らなくなるのですよ(>_<)
そこでとうとう通販のアイスに手を出してしまいました(^_^;)今回取り寄せたのは『瀬戸田ジェラート ドルチェ』さんの『しまなみジェラート』、12個好きなものを選べるタイプのもの。他のお店に比べて割安だったのと(送料込み、12個入りで3780円)個数内だったら好きな種類のものがいくつも選べる自由さが魅力だったので『お試しで購入するのも良いかな♥』とチャレンジしてみました(*^_^*)
なお届いた当日(というか2時間後)、早速旦那は『尾道の桃』シャーベット、私は翌日に『尾道のイチジク』アイスミルクをいただきました(*´艸`*)桃の方の味はわからないのですが(旦那が全部食べてしまったので)、イチジクは予想していたよりもイチジクの風味がしっかりしておりましたね(●´ω`●)ぷちぷちした種の食感もしっかりあるのですが、ミルクアイスで中和しているので甘すぎず食べやすいのです♪ミルク系とは言えジェラート、喉越しはスッキリしております(๑•̀ㅂ•́)و✧
価格も安く、スッキリとした好みの味のジェラートですが、唯一の欠点?はパッケージですかね(^_^;)価格をとことんまで抑えるためでしょう、どの種類のアイスも全く同じパッケージ、カップの蓋に書かれている名称のみで中身を判別するようになっております。パット見で中身がわからないという欠点はありますが、それ故国産果物で作られたジェラートが実質250円弱で手に入ると思えば納得でしょう。そもそも果物そのものが日本は高いですからねぇ(´・ω・`)旦那の判断待ちですが、たぶんリピート購入すると思います❤(ӦvӦ。)

次回更新は5/25、これからネタ探しです(^.^;



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『鹿鳴草楼夢(仮)』準備エッセイ~その3・垣崎伊織の職場、神奈川奉行所 

烏のおぼえ書き

半ば強引に横浜を含む5港を開港することになった幕府ですが、それに伴い横浜の行政機構の整備も行われました。ここでようやく『鹿鳴草楼夢』の登場人物・垣崎伊織の職場・神奈川奉行所が登場です(≧∇≦)/

この神奈川奉行所には大きな二つの役割がありました。その第一が外交事務。そりゃあ外国船の入港を許した港ですからそれなりの手続きが必要となるわけで(^_^;)
外国船の出入港手続き、貿易に関する取締、貿易通貨の引き換え、外国人との応接事務などが行われました。
そして第二の業務が周辺地域の事務処理。これは開港場から少し離れた戸部役所(現在の神奈川県立図書館付近)で扱われ、貢租(こうそ)の徴収、治安の維持、百姓・町人からの出願などが行われていたそうです。因みに伊織が勤務していたのはこちらの方。神奈川奉行所そのものもこの隣にありますので、そこに詰めていたという設定にしようかな~と(●´ω`●)
現時点で考えている設定では『経済関係に精通しているので(作間先輩の道場開設資金はこいつが出している)貿易関係の職務に就かせる予定だったけど、外交担当の浦賀奉行派の偉い人と大げんかをし、治安維持の役職に就くことになった』という感じですかね(^_^;)この話の中では一番喧嘩っ早いタイプなので、一つ二つ喧嘩エピソードは欲しいかも((o(´∀`)o))こんな伊織ですが、家では鬼嫁の尻に敷かれております( ̄ー ̄)ニヤリ
(いちおー妻帯者設定だったんですけど、これを慶応三年時点にするか、それとも明治維新以降の設定にするかはまだ悩み中・・・どのみち鬼嫁ですけど(・∀・)一つくらいコワイものがあるくらいが丁度いいですよね♪)

閑話休題、今度は神奈川奉行所独自の役職の話をさせていただきます。普通であれば奉行ー与力ー同心ー手下というラインがあるのですが、神奈川奉行所には『与力』という役職が無かったようなのです(>_<)コンテスト中の連載だったとは言え、ろくな調べ物もせずに書いてしまった手抜きがこんな形で現れるとは・・・orz歴史モノに調査の手抜きは許されません(๑•̀ㅂ•́)و✧
なお与力に変わる役職ですが支配組頭、支配調役、支配調役並、支配定役があったとか。寄せ集め役場ならではの複雑なパワーバランスの匂いがプンプンするのは気のせいでしょうか(-_-;)更に同心及び『上番・下番』と呼ばれる足軽も設置されました。神奈川奉行所の役職はこんなものですかね。他に幕府から二人の惣年寄と5人の町名主が任命され、会所に詰めておりました。こちらは民事関係ですね(*^_^*)

なお、彼らは野毛坂近辺に役宅を持っていたとのこと。地元民にしか判らないネタなのですが、イギリス軍やフランス軍が駐屯していた山手と対をなす高台なんですよね~野毛って。しかも急坂(^_^;)
横浜・関内を一望できて、何かあったらすぐに駆けつけることができる場所ではあるのですが、お仕事で疲れはてた身体であの急坂を登って行くのはキツかったろうなぁ(´・ω・`)・・・ということで伊織は役宅に帰らず奉行所やお茶屋で泊まる事が多かったと思われます。しかしこれをやらかすとますます嫁に叱られるんだろうなぁ(^_^;)
(本当に迷っているんですよ(-_-;)同じ江戸っ子の嫁にするか、それとも明治維新後、新政府関係から紹介された長州or薩摩出身の嫁にするか・・・伊織の尻を蹴り倒すくらい気の強い嫁であることだけは確定です(^_^;))

次回更新は24日、事件の舞台となる港崎遊郭について書かせていただきます。そしてその次の5月31日、連載そのものを始めさせていただきますのでよろしくお願いいたしますm(_ _)m




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烏のおぼえ書き~其の百九十九・昭和初期の看護婦&派出婦 

烏のおぼえ書き

今回取り上げる話、多分共働きの主婦にとってはヒジョ~に羨ましい話かもしれません。というか10年後、20年後でもこの状況に持っていくのは絶対に無理だろう・・・と思われる事が昭和初期にあったのですよ(@@)それらを数回に渡って取り上げていく予定です(*^_^*)

まず第一なのですが、看護婦(今で言う看護師)の贅沢な使い方!!!家庭に病人が出た時に自宅に看護婦を呼ぶのが当時は当たり前だったそうです(@@)しかも昭和初期の時点で『だいぶ前から』とありますので、大正、もしかしたら明治あたりからそういう状況だったのかも―――流石に金銭的に呼べない家庭もあったでしょうけど、気軽に看護婦さんが呼べる雰囲気があったというのは良いですよね(*´ω`*)
そう言えば昔はお医者さんも往診してくださるところが多かったんですよね~。動けない患者さんに無理をさせない、入院をさせないことでベッド数が少なくて済む、そして厄介な感冒を他の人にうつさないという点では合理的だったのかも。患者さんの自宅まで行かねばならないのは大変でしょうが、本当に入院が必要な患者さんの為に自宅で療養できる人は自宅で・・・というシステムは理想かもしれません(現在はその形に戻りつつありますしね~。実父も月に2回の往診に来ていただいております←病状からすると月1でも大丈夫そうなのですが、今は規定で最低でも月2回の往診が必要とのこと。でも患者数が多くなると月に一度になっちゃうかもなぁ(´・ω・`))

昭和初期のこのサービス、現代の私達からすると看護婦さんのサービスさえ『ありがてぇぇぇ!』と思うところです。しかし世の中ひとつの『便利』があると更なる『便利』を求めるもの(^_^;)
『病人はいないんだけどちょっと手が足りないのよね~。誰か来てくれないかしら(*^_^*)』という声が上ってくるのも至極当然の事です。そんなニーズに答えて大正7年10月1日『婦人共同会派出婦部』、いわゆる派遣家政婦が誕生しました。
元々住み込みの女中さんは存在した日本ですが、決められた時間だけ働いたら自宅へ帰るという通いのお手伝いさんはいなかったらしい(-_-;)確かに住み込みだと衣食住すべての支払いをしなければならないのでバカ高くなるんですよね~。それ故一般家庭ではまず無理でしょう。その隙間を突いたのが『派出婦』なのです(๑•̀ㅂ•́)و✧
この通い型の派出婦が登場したことにより『従来の女中さんみたいに住み込みまではしてくれなくていいのでちょこっと助けて欲しい』という雇用側と『住み込みでは出来ないけれど、派遣ならOK』という雇われ側の利害がうまく合致 、かなりの成功を収めたのです((o(´∀`)o))
となると二匹目のドジョウを狙うものも当然出てくるわけでして・・・昭和4年の時点で派出婦会の数は252、属する派出婦は5534名もいたとのこと(@@)今現在派遣の家政婦さんがどれくらいいるか判りませんが、当時の日本の人口を考えるとかなりの割合かと。

ただ問題が全く無かったわけではありません。女性が単身で顧客の家に入るということでデリヘルまがいの職業と勘違いする輩もいたとか(-_-;)更にその悪影響でまともな派出婦が婦女暴行事件に出くわしてしまったという問題も起こり、大正14年10月には派出婦取締令が施行されております。その詳細は次回、派出婦の料金と共に紹介させていただきますね(*´ω`*)



【創作関連】
この派出婦、他の職業婦人と違い特別なスキルは必要なかったとの事なので、いわゆる『ドジっ子』を投入することができるんですよね~( ̄ー ̄)ニヤリ他の堅気の職種だとそれが許されないところがあるので、駄文書きとしては使い勝手が良さそうです((o(´∀`)o))
例えば父親の会社の倒産&父親の急死で突如働かなくてはいけなくなったドジっ子派出婦と、派遣先の息子or書生との恋愛ものとか。ドジっ子派出婦が他の家や屋敷に派遣された際にもこっそり覗きに行って、いざという時助けに出てくるツンデレ青年とか王道で良いじゃないですかwww
次回詳細を書きますが若い派出婦は男性のみの現場には派遣されなかったとのこと。家族が留守で『あわよくば・・・』と下心満載の青年のもとに、普段のドジっ子ではなく貫禄たっぷりの熟女派出婦がやってきて出鼻をくじかれるというコメディもやってみたいものです(๑•̀ㅂ•́)و✧




【参考・引用文献】
新板 大東京案内 下(今和次郎 編纂 ちくま学芸文庫)


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